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大学受験に落ち、周囲からの期待にそぐえなかった自分に対して失望感を感じていました。それまでの努力が水の泡になるような感覚に包まれ、将来に対して希望を持てずに悩んでいました。自分の掲げていた理想と現実のギャップに目をそらし、逃げる選択をしようと考えていました。
学生時代、人間関係がうまく構築できなかったことから、自分から挑戦の選択をすることが怖くなりました。挑戦しない選択をする自分が、本当に嫌いでした。でも、その現状や過去のトラウマからどうにかして抜け出したいと思っていても、結局自分だけの力では抜け出すことができませんでした。
勉強もまともにせず、受けた大学は全部落ちるようないわゆる"ポンコツ"と呼ばれる人間でした。4つ上の姉はとても優秀、かつコミュニケーション能力も長けている人で、常に自分と比べながら、親や周囲の期待に応えられない不甲斐ない人生を送っていました。自分って、何したいんだっけ?何のために生きているんだっけ?となぁなぁに過ごしていたのを今でも覚えています。挫折と呼べないくらい努力していなかったことが、私にとっての1番大きな課題でした。
かつてのライバルに負け続けたこと。高校時代の部活動において、1年生のころから常に自分より一つ上をいく人がいました。その人は小学時代の部活動でライバルとして切磋琢磨していたチームメイトでした。中学は別のチームを経験し、高校で再開したが、入部当初から常にカテゴリーは自分が下でした。かつてはライバルとして戦っていた仲間に負け続ける環境は逃げたくなるほどつらかったです。試合もライバルはピッチの中、自分はピット外で応援。悔しさともどかしさでいっぱいでした。
「病気で困っている人を助けるために薬の開発をしたい」という夢を叶えるために、高校時代は必死に勉強に取り組みました。しかし、志望した大学は不合格。別の大学に進学する道もありましたが、絶対に妥協したくなく、具体的な目標を掲げたプレゼンを両親にして、1年間の浪人生活を送る選択をしました。退路を断った浪人時代は苦しい日々でした。ストレスで難聴になったり、体に湿疹が出たりしました。
大学1年生の頃から高校時代に通っていた塾で講師のアルバイトをしていました。慣れ親しんだ環境で教えることに安心感があったものの、生徒たちのモチベーションは様々。講師としての責任の重さを感じる場面も多々ありました。勉強にあまり興味が持てず、宿題もほとんどやってこない生徒もいる中で、自分がどう対応すべきか悩み続けていました。